神無月サスケの波瀾万丈な日常

神無月サスケのツイッター(@ktakaki00)を補完する長文を書きます。

死にたいときのための漫画紹介・その3

少し間が空いてしまいましたが、「これだけは」と思う漫画がありますのでぜひ紹介します。それは福満しげゆき作品です。

福満しげゆきとは

アックスというガロ系雑誌からデビューし、個性的な画風で漫画を発表し続ける漫画家。「僕の小規模な失敗」で高校入学以降の自分の波乱万丈な(こぢんまりとした?)人生を赤裸々に描き、その描写が多くの固定ファンをつかむ。現在「僕の小規模な生活」連載中。彼としては初の「第2巻」となる単行本が先日刊行されたばかり。

福満しげゆきの漫画との出会い

まだ旅立ってもいないのに

まだ旅立ってもいないのに

僕が彼の作品に出会ったのは、2004年のことだったか。「まだ旅立ってもいないのに」が福岡は天神の福家書店に平積みされていた。彼の画風に引き寄せられるように購入。ガロ系作者に慣れていない僕にとって、特にインパクトのあるものだった。

とにかく、僕を引き込む画風。うまいとはいえないがすべてが個性的で魅力的。特にキャラの動き。ストリートファイトのシーンでも相手を殴っているように見えてすべて空気を殴っているように見える。でもその空振り感が逆に魅力なのだ。

そう。「うまくはないが、そのうまくなさが個性であり、魅力」それが彼を言い表すすべてだろう。

シナリオの方もよかった。すべて「さえない感じ」がして、当時から社会人としての自分の位置づけの危うさを感じている自分にとって、さまざまな共感を与えてくれるものばかりだった。子供が主人公のものも、そうだ。

僕の小規模な失敗

僕の小規模な失敗

僕の小規模な失敗

その後しばらく、福満しげゆきのことは頭から離れていた。

そんな数年後、同じ書店にて「僕の小規模な失敗」(以下「〜失敗」とも)を発見。

「あ、この人はいつぞやの」と思い、即レジに持って行き、購入。確か帯に「小規模なまんが道」みたいなことが書かれており、当時の自分は「彼の自叙伝漫画?こりゃ面白そう」と思ったのだろう。

読んでみると予想以上に濃く、非常に引き込まれた。

自分と境遇は全く違うのだが、どこまでも共感できる。

工業高校で授業中、授業が成立しない中、ひとり漫画を描き始める。周囲は最初はからかっていたが、主人公(=福満しげゆき)が相手にしないので相手にしなくなった。まずここで共感。

その後大学に入るのだが、授業についていけず、だんだん行くのがおっくうに。大学への道端で座り込んだり、構内の人の来ない場所で一人になったり……お前は俺か。なお、このくだりは、この漫画を見せた友人も同じく共感していた。昨今の大学の一部にある意味蔓延している空気なのかもしれない。

とにかく彼は対人関係にずっと困っている。漫画で描かれる自画像がいつも不安そう。喜怒哀楽はあるのだが、喜んだり楽しんだりしていても、眉毛が下がっていて、どこかに不安を抱えている……そんな作者の精神的な不安定さがとても共感できる。

そしてその不安定さの裏返しに、若干の自意識過剰があるのを知ったときは、共感もひとしおであった。彼がピザ屋のバイトをしていて、バイクで車とぶつかってしまう事故をしてしまう。ボンネットに乗り上げてしまうのだが、その時彼は「恥ずかしいよぉ〜」と思っていたらしい。どうでしょうか。普通だったらまず、自分の身を案じて「大変だ」とか思うものでしょう。普通の人にはこの感覚は理解できないと思います。僕が理解できるのは、自意識が過剰になった時期があるからです。

人間不信というか、人との接触が極端になると、人間、不安定になります。ある一部分で極端に卑屈になるのに、ある一部分で自意識過剰になったり。この状態が続くと、とても苦しいのです。早く、幸せになってほしい、そう思ったものでした。

そんな彼も、紆余曲折の末、好きな子を見つけて結婚するのだが、その後も全然幸せそうじゃなかったりする。作中の彼の表情も一貫して眉毛が下がっており、不安定を抱えたまま。

どうかお幸せに、と思う一方で、この不安定さこそが、彼の作品における最高のスパイスになっているのだな、と思う。その意味では、彼が結婚によって変に満足しなかったことは、ある意味幸せだといえるだろう。僕が今でも彼の支持者でありつづけているのは、彼がいまだに不安定さを引きずっているからに他ならない。

福満しげゆき作品は、彼の不安定さこそが魅力であり、他を寄せ付けない個性であり、作品を名作たらしめているのである。

やっぱり心の旅だよ

もうひとつ、彼の魅力があるとすれば、作者の顔がどの作品からも伝わってくることだ。作品の面白さではなく、作者がそれを描くのに苦労した様子が伺えて、そこが面白いのである。

それを感じさせてくれるのが、これ。

やっぱり心の旅だよ

やっぱり心の旅だよ

彼はエロ漫画にも手を出しているが、あちこちで描いたエロ漫画を一冊にまとめたもの。一応エロではない漫画も2本ある。

正直、抜けない。世の男たちはこの画風でも抜けるのだろうか。少なくとも僕には無理だ。

しかし、エロではなく、作品としては、なかなか面白い。何が面白いかって、「描くのが苦手だけれど、お金のために頑張って描きました」的なオーラが強烈に伝わってくるからだ。そうだよ。彼は頑張ったんだよ。一生懸命描いたんだよ。そこを評価してやらないと!思わず拍手したくなってしまう。

実際、頑張っている。その証拠に、シチュエーションが妙に凝っている。一応編集部から課題は与えられているようだが、彼なりの福満節を付けている。そのあたりも含めて、ファンとしては微笑みがこぼれる。

なお、この漫画、エロの棚に並んでおらず、他の福満作品と並べられていた。それでエロと気づかずに購入した。購入したのは、たまたま友人(ブラック・ウルフさん)と一緒にいたときであったが、僕は福満しげゆきのことを彼に紹介しようと、エロと知らずにぱらぱらと彼の前で一緒に本をめくり、若干気まずいムードになった。外でエロ漫画を開くなんて経験は、あれが最初で最後だろう。


僕の小規模な生活

僕の小規模な生活(1) (KCデラックス モーニング)

僕の小規模な生活(1) (KCデラックス モーニング)

僕の小規模な失敗」の続編が「僕の小規模な生活」として出ている。こちらは「1巻」とあるとおり、2巻以降も刊行予定で、最近、2巻が出た。

僕の小規模な生活(2) (KCデラックス モーニング)

僕の小規模な生活(2) (KCデラックス モーニング)

「〜失敗」とおおむね同じノリのまま、ほぼ現在進行形で日常を描くという、ある意味究極の自転車操業で漫画が描かれている。

すごいのは、他のエッセイ漫画と違い、彼の他愛ない日常を描いているのだが、彼の内面が強く描かれていることにより、他の追随を許さない面白さに変質しているということだ。

「〜失敗」のころから、あとがきだったかで書かれていたが、どうやら彼が漫画で描くと、その本人から「そんなことは言っていない」と言われているらしく、要するに福満しげゆきが過剰に解釈してしまっているのである。そしてこれが「〜生活」でも直っていないように見える。

一応彼自身も、周囲とずれていることは自覚していて、編集さんの話に対して、どう受け答えをするかなど、脳内シミュレーションをするなど、涙ぐましい努力をしているのである。

対人関係がうまい人たちは、彼のしている、対人関係のための涙ぐましい努力が、理解できるだろうか。おそらく出来まい。きっと「そんなに考えすぎるから、うまくいかないんだよ」なんてことを言うんだと思う。しかし、それは間違いだ。

はっきり言うが、僕も福満しげゆき並にコミュニケーションに七転八倒していた時期がありました。(今も結構そうかも)だから、彼の苦悩は全く他人事じゃないんです。

彼のすごいところは、それを赤裸々に漫画のネタにしていることだ。僕だったら苦しくて到底出来ない。同じ苦労を背負っている大半の同士も、きっと思い出すことすら辛いのだと思う。もちろん彼も、一番つらいところは出していないと思う。しかし、あのレベルまで表に出せるのは正直、尊敬に値する。


そしてもうひとつすごいところが、彼は全く守りに入っていない

2巻になって、ようやく奥さんの手を煩わせることなく、漫画の収入で何とか生活できるレベルになったという。それまで妻の尻に敷かれっぱなしだった彼は、変わったのか。ノー。相変わらずだ。

こういうとき、普通の漫画家だったら守りに入っていただろう。すなわち、不安定な自分を抜け出そうとして、いろいろやるのである。知らず知らずのうちに性格が傲慢になり、小心者ではなくなる。しかし、それはこれまで共感していた読者からすると、失望の対象になりうる。「彼が心の支えだったのに」という。「先に成功しやがって」という嫉妬すら持つ者もいるかもしれない。現にこうやって最初は面白かったが巻を追うごとに徐々につまらないと感じるエッセイ漫画も。

しかし、売れてきても福満しげゆきは元の彼のままだった。

小心者であることも、対人恐怖症であることも、その他不安定さを抱えていることも、ひとつも抜け出せていない。

おそらく彼はこのご時世、今以上に注目を浴びるだろう。生活が安定するだろう。もしかするとマイホームを購入できることになるかもしれない。しかし、僕をはじめとするファンが離れることは、おそらく無いだろう。なぜなら、彼に嫉妬したり羨望のまなざしを向けるなんてことは、不可能に近いからだ。

彼はいつまでも小心者であり、いつまでもファンが離れないだろう。いや、彼が小心者を脱却しようとすればするほど、泥沼にはまり、そのつどファンを増やすだろう。

そんな彼の今後の(現在進行形で漫画で確認できる)活動が楽しみでならない。

結論:死にたいときのために

僕の小規模な生活」の第2巻の帯には『マンガ家志望の人は、読んでおいて損はないですよ!』と書かれている(実物が手元にあったので原文どおり引用)。

僕も漫画家ではないが、作品づくりをする人として、とても読む価値があった。マンガに限らず、ゲームや音楽、その他芸術全般を目指している人にお勧めしたい。

しかも僕、ここ数年で、社会人として完全に規格外なことが露呈して、正直死にたくなっているが、そういう時、この漫画を開くと、そんな人間でも、世の中、まあ何とかなると、気持ちを楽にさせてくれる。

正直、社会人として規格外だなんてことは、大したことじゃないのだ。それを気にしすぎるのが大問題なのだ。福満しげゆきは、大したことではないことで悩んでいる一方、本当に大きな問題では悩んでいない。それでこそ何とかなっている。

何とかなるのだ。不安定でいいのだ。そう。死にたいまま生きていてもいいのだ。その結果、笑いものにされても、それが自分の評価につながればいいのだ。何も気にすることなんてないのだ。

追記

全く同じ日に、アマギさんも福満しげゆきを取り上げておられる!( id:amagi-k:20081107:1226027510 )すごい偶然。やはりこの寒くなってきて気分が落ち込む時期にこそ、福満しげゆきの魅力は半端じゃないということだろう。