神無月サスケの波瀾万丈な日常・はてなブログ編

神無月サスケのツイッター(@ktakaki00)を補完する長文を書きます。

アナザームーンホイッスル、5年目の弁明

Another Moon Whistle について、ようやく口を開く

Another Moon Whistle(以下、アナザームンホイ)が2003年4月に公開され、5年目になる。(体験版は2002年8月だったため、それを入れると、6年目だ)

しかしこの5年間ずっと、僕はこの作品のことについて、一番コアの部分については、極力口を閉ざしてきた気がする。

アナザームンホイは、非常に賛否両論が強い作品だ。完成後、様々な意見があった。今もいろんな意見を聞く。

制作当時、僕が正気ではなかったからかもしれない。そして、この作品を世の中に送り出したことが、ずっとしこりになっていた。

しかし、そろそろ5年経過しようとしている。今だからこそ、初めて口を開きたい、アナザームンホイとは、何だったのか。

(必然的に)いろいろ誤解された作品

アナザームンホイのテーマは「思い悩んでもらうこと」だった。

「絶対的な価値観など存在しない」ということを伝えたかった。

だから敢えて僕の考えと正反対の主張をしたり、普通の人が避けて通るような内容を選んだりした部分もある。(『心の闇と向き合う』あたりが特に)

しかし通常、テーマ性のある作品を作るとプレイヤーからは「作者の主張=作品の内容」と捉えられがちだ。

よって、アナザームンホイでも、「お前はこんな危険な思想を持っているのか」と多くの人に誤解されたわけである。

この誤解、今思えば、当然だったのかもしれないと思う。

そして、この誤解が、様々な奇妙な現象を生んだ。

誤解が様々な「ねじれ現象」を生んだ

公開後、様々な感想を貰った。

正しく理解してくれた人もいたし、誤解した人もいた。

面白いのは、誤解した人、理解してくれた人に分けても、なお賛否両論があるのだ。

つまりこういうことだ:

  • 誤解した上で、反感を示す人もいれば、誤解した結果、僕に「数少ない理解者」と絶賛する人もいた。
  • 正しく理解してくれた上で、評価してくれる人もいれば、正しく理解したが、結局共感できなかった人もいた。

本来僕に賛同するはずの人間が拒否感を示し、僕と価値観が異なる人間が賛同する、あるいはそれらの逆、そういった、様々な『ねじれ現象』を生んできた作品だったのだ。

様々な価値観の人と出会うきっかけになった

この結果、僕の人間関係は一変した。

それまで、僕の交友関係は、価値観の合う人中心だった。しかし、公開後は、価値観の合う人も、合わない人も、寄ってきた。(以前価値観が合っていた人の一部は、離れていった)

そして、公開後数年は、様々な価値観の人と出会うことになった。

僕は『来るものは拒まず』の精神で臨んだ。自分の価値観の殻を突き破りたかった部分もあるからだ。

しかし、あれから5年経過し、僕を取り巻く環境は、淘汰した気がする。『本当に価値観が合う人』が残り、『本当は価値観が合わない人』は離れていった、そんな気がする。

価値観の合わない人は徐々に離れていった

アナザームンホイ公開後、数年は、考えや価値観が僕と正反対の人が「あなたこそ僕の価値観を理解してくれる人だ」と言わんばかりに、彼の政治的な、理念的な、価値観を熱く語ってきたりもした。

僕は「来るものは拒まず」の精神だったので、彼らから何か吸収しようと熱心だった。積極的に彼らの話を聞いた。

しかし、彼らからは結局、何も吸収できず、僕の方も彼らに、あまりよい影響を残せなかったと感じる。

数年後の今、「結局、価値観は、その人の倫理観、哲学から来るものであり、政治や社会などのうわべの話をして変えられるものではない」と悟った。

要するに、僕は彼らに「心の通じる相手」と勘違いさせてしまっていたのだ。お互いさまとはいえ、本当に悪いことをしたと思う。

逆に価値観の合う人だけが残ってくれた

逆に、最初は印象が悪くても、本当に価値観の合う人は残ってくれた。

繰り返しになるが、アナザームンホイでは、僕の価値観の合う人を敢えて突き放すようなシーンが山のようにある。ムンホイを気に入りファンになった人の中で、アナザーをやって冷めてしまった人もいた。しかしそんな人も、アナザーで僕が本当に伝えたかったことを読み取ってくれたのか、後に戻ってきてくれた人が少なくない。

彼らに共通するのは、政治的、宗教的なことについて直接話はしないのに、なにげない話から、波長が合うのを感じるということ。話しているうちに、哲学的な方向に話題が進むのに、それでお互い窮屈さを感じない。そんな人と、僕は今、積極的に交流している。

いろんな人に出会えたことが財産だった

結局、アナザームンホイの制作と公開は、僕にとって、壮大な人生の実験だったのかもしれない。

特に価値観の合うはずのない人に出会ったのは、大きな収穫だった。アナザームンホイを作っていなければ、出会うはずのない人もいたはずだ。いろんな人に会えて、いろんな価値観に出会えたことは財産だった。

僕が社会に出て、人を理解していくにあたって、アナザーを作ったゆえに寄ってきた人が僕にしてくれたことは、果てしなく大きな意味があった。

しかも、僕と価値観が非常に通じる人の中には、「ムンホイ(Moon Whistle)よりアナザーの方が好きだ」という人が意外に多い。僕は、ある意味、アナザームンホイで、彼らを「試した」のかもしれない。深いレベルで分かり合える仲間を、見つけ出せたのかもしれない。

もちろん、いいことばかりじゃなかった。

勘違いして寄ってきた多くの人達が、僕に多くの戸惑いを、人生の足止めを与えてくれた。でも、僕の方も、彼らに迷惑もかけた。中には『サスケなんかに出会わなければよかった』と思っている人もいるだろう。そういうことも含めて、本当に胸が痛む。

本当に、ごめんなさい。

でも、それはお互いさまですよ。

ありがとう

価値観の合う人、ありがとう。僕に自信を付けさせてくれました。

価値観の合わない人、ありがとう。僕が何を主張していくべきか、気づかせてくれました。

まだ誤解している人もいるだろう。しかし次回作で誤解は解けるだろう

きっと、アナザームンホイをやって、まだまだ僕のことを誤解している人はいるはずだ。(特にムンホイを好きになって、アナザーで失望した人達の中に、そういう人は多いと思う。)

しかし、敢えて「あなたは誤解している」なんてことは言わない。

それは、僕の次回作(Moon Whistleリメイク、以下ムンホイXP)が完成したときに分かるから。

もうすぐムンホイXPが完成する。(2008年2月には体験版を出す予定だ。)これをプレーし、あなたに合うかどうか、チェックしてもらいたい。今回は全て僕の感性を偽る所なくつぎ込んだ。これで合うなら合う、合わないなら合わない。これまでの誤解は、きっと解けるはずだ。

2008年春(初夏?)、ムンホイXPが完成するのを、ぜひ待っていてほしい。

注意:野暮な質問はしないこと!

コメント欄で「僕は(私は)誤解していないでしょうか?」なんてわざわざ野暮なことを聞かないように。

全てノーコメントとさせていただきます。あしからず。

ムンホイXPが完成したら、全て分かることでしょう。