神無月サスケの波瀾万丈な日常・はてなブログ編

神無月サスケのツイッター(@ktakaki00)を補完する長文を書きます。

任天堂「Wii」とマイケルムーア「シッコ」

そういえばプレステ3が発売されたんだってね。来月頭にはWiiも出る。この新ゲーム機ラッシュの中、せっかくだからWiiについて書いてみたいと思う。

NOAがWiiのCMをYoutubeで公開

http://www.nintendo-inside.jp/news/194/19459.html
Youtubeにはお世話になっている人も多いだろうが、なんと任天堂はここに広告として動画を入れるという。
記事によるとどうやらWiiは、非常に宣伝費をかけているようで、任天堂の本気が感じられて嬉しい限りだが、Youtubeを利用するあたりが、我々プレイヤー目線に立ってくれているのが伺え、とても痛快だ。

半年前にWiiという名前について書いた

Wiiと言えば、半年前、僕はこんなことを書いた。
id:ktakaki:20060501#p1

Wiiという名前の公表直後、あまりにもマイナスイメージの意見が多いことに腹を立てて反論を書いたものだった。結構共感してくれる人が多かったのか、この後、徐々にプラスイメージの意見も見かけるようになってきた。

なお、「この名前は3ヶ月で浸透する。そのころ任天堂は次なる発表をするのでは」という文章を書いている。実は僕は当時、バーチャルコンソール関連で何か新しい発表(それも、Wiiがアマチュアクリエイターに間口を広げる可能性を示唆する)があるのでは?と思いこういう文章を書いたが、それは残念ながら当たらなかった。

Wii will rock you

しかし、Wiiという名前が違和感なく受け入れられるようになったことは、ほぼ間違いないようだ。

それを象徴するように、一つのキーワードが見つかる。それが冒頭のWii will rock you」である。

Wii will rock yougoogle検索すると、なんと100000件以上がヒットする。

例の音楽に合わせたWiiに関する素晴らしい動画も多数発見できる。

めぼしいものをいくつかピックアップしよう:
http://www.youtube.com/watch?v=Ze40xja4_iw
http://www.youtube.com/watch?v=3-DThG9AKiE

最初はWiiという名前を聞いて失望したり反感を示していた人たちも、きっと今では「Wii will rock you」と絶叫しているに違いない。

補足:Wii will change everything.

http://japanese.engadget.com/2006/04/27/wii/
もう一度、この記事を引用しておく。Wiiは全てを変える。我々は全てを変える。この言葉は特に印象に残っている。

マイケルムーアの新作はシッコ(原題)

さて。Wiiという名前が最初英語圏で受け入れられなかった理由にWii幼児語で小便を意味する「wee」を連想させたからだという。英語圏でない人にとって、これは大きな問題ではなかった。

しかし、当時ウェブの反響を見ていると「じゃあもし任天堂が新ハードに『シッコ』って付けていたら、それでも絶賛しただろうか」という問いかけを見かけたことがある。(ソースが見つからない、あしからず)

確かにそれなら一瞬迷っただろう。しかし当時の僕は「実際にそうなってみないと、分からないに決まっている」とスルーしていた。

しかし、そんな僕に疑問を投げかける作品が登場した。それが、マイケルムーアの新作だ。
http://cinematoday.jp/page/N0009059
トロント映画祭でマイケル・ムーアが2年ぶりにほえる!「シッコで日本に行くよ!」(9月10日)

内容はと言うと、医療問題にメスを入れるという硬派なもので、味付けもきっとマイケルムーアお得意の、日本で言うと電波少年的な、ドタバタ風なものなのだろう。そこについては、門外漢の僕は詳しく語らない。

問題はタイトルだ。日本人にとって、非常に気になってしまう。シッコ(Sicko)はあくまで「原題」と注釈されているが、このままのタイトルで公開するのだろうか。しかし、その可能性は低くない。

一方、この名前でも英語圏の人間には気にならない。これはまさに、Wiiの場合の逆だ。記事より引用しよう。

北米で開かれているトロント映画祭でマイケル・ムーアの新作『シッコ』(原題)のフッテージ(本編のダイジェスト版)上映がされ、監督のマイケル・ムーアが上映会場に登場した。
(中略)
「シッコ!」「シッコ!」のコールが鳴りやまずスタンデングオベーションがいつまでも続いていた。

こうして、この映画のタイトルが、「Wii」の時に英語圏の人間が感じた違和感を今度は日本人に突きつけてくれることになった。よりによって、突きつけてきたのは、アメリカを相手に戦っているといえるマイケルムーアである。思えばあの時、僕達は無神経に「小便に近い名前だなんて、英語圏の人間は騒ぎすぎだ」などと感じていなかったか。いざ、日本語でその現実を突きつけられると、言葉を失ってしまう。

しかし、今回は我々が受け入れる番なのだ。日本人で、任天堂のファンで、マイケルムーアのファンでもある人は結構いると思う。そんな我々にとって、今回、「わが身をつねって人の痛みを知れ」という現実を、存分に味わって欲しい。きっとこの困難を乗り越えたとき、我々はもう一段階成長できるのだ。

補足:シリアナ(Syriana)

シッコが原題のまま出る可能性が低くないと書いた論拠について。

ネットを調べていると、こんなタイトルの映画を発見したからです。
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=5408
シリアナ

こちらも内容は硬派なのですが、タイトルが日本人にとって様々なことを想像させてしまいそうだ。にもかかわらず、原題のままです。

ただし、こういう意見もある。
http://movie.maeda-y.com/movie/00682.htm

ここより引用させていただきます。

また、「シリアナ」という映画のタイトル(原題と同じ)について。
(中略)
一部では批判(安直な邦題だ、など)もあるようだが、じつは、そうした批判は的外れもいいところなのだ。

シリアナとは、イランとイラク、そしてシリアがひとつの民族国家を形成した場合の想定国家の名前。これは、ある程度中東問題に詳しい人なら誰でも知っている。そしてこの映画は、ここまで解説してわかるとおり、「何も知らないお客さん」を対象にしたお知らせ映画ではなく、このタイトルを見て、「ああなるほどね」と合点がいくレベルの人たちにこそ、劇場にきてもらいたいという作品なのだ。

だから、日本の配給会社が原題どおり『シリアナ』と名づけたのは、非常に誠実なことで、評価すべきポイントなのである。

タイトルに意味があるのなら、仮に一部言語で違和感があるタイトルだとしても安直に無難な名前に改変するべきではない、これには強く共感する。ほかでもない、我らが任天堂Wiiがそのスタンスで名づけられたことを忘れてはいけない

Every Extend Extraの元ゲームはPCのフリーソフト

8月3日、バンダイナムコゲームスから、Every Extend Extraというゲームが出たが、これは元はPCのフリーソフトで、PSPのゲームなのにPC版の体験版を出すなど、様々な話題になっている。ファミ通クロスレビューを見ても8、7、7、7と、元インディーズゲームとしては破格の評価だった。

普段シューティングゲームを全くやらない僕がこの作品を気にしている理由は、『Every Extend』を、「3分ゲームコンテスト」で入賞した時点から知っているからだ。

3分ゲームコンテストとは

RPGツクールを中心とするフリーソフト界隈の人が個人レベルでやっているコンテスト。応募作品も、RPGツクール作品が多い。「長い作品はなかなか完成できないから、短いのでもいいから完成させて披露しあおう」という風潮がツクールのコミュニティにはあった。このコンテストもそんな流れを汲んで生まれたのだと記憶している。

『Every Extend』は、第2回3分ゲームコンテストでグランプリを獲得している。入賞しても身内で表彰して盛り上がるだけの感じだったが、ルミネスの会社の人に目をつけられ、商品化が決定したと聞いたときには、想定外のことに皆驚いていたようだ。

注:似たような内容の書き込みをSlashdot Japanで見つけたかもしれないが、パクリではなく、僕があれを書いたAnonymous Cowardなのです(汗)。

雑誌で見かけた記事

先週号のファミ通(No.921)の巻頭特集ではキューエンターテインメント(水口哲也の会社)のことが取り上げられており、そこでもEvery Extend Extraのことが触れられていた。

Every Extend Extra』も大学生が作ったPC用のフリーソフトを発掘したものですよね。
水口:そうです。うちの若いディレクターが「作った学生に会いに行ってきます!」って名古屋にすっ飛んでいって、「決めてきました!」って帰ってきまして(笑)。

会社の機動力や身軽さを象徴するエピソードとして取り上げている。

Every Extendをやってみる

きっと、製品化するくらいだから、いいゲームなのだろう。参考にしたいと思い、プレーしてみたが、僕はシューティングの楽しさが分からない人間だ。RPGやパズルのようにじっくり腰をすえてやるゲームが好きな人間だから、このゲームのレビューには向かない。

というわけで、シューティングが得意な友人にレビューを頼んだ。彼はダライアスなどのシューティングゲームが大好きですが、忙しい中プレーしてくれ、予想以上に濃い感想をくれたので掲載させていただきます。

以下、友人の感想です。(注:改行など、文章は若干さすけが直しました。ご了承ください)

ソフトをDLした直後に遊べるようになっている

遊べるようになるまでに(プレイヤーが操作できるようになるまで)時間がかからない。「爽快感がある」以前に「ストレスがない」というのは、非常に重要な事ですから。煩雑な設定なしでソフトを起動させる事ができる、というのは大事な事です。

ストーリーが単純

これって結構大事です。最近のゲームは「斬新なシステム」や「多彩な登場人物」「複雑な人間関係」なんてのをウリにしてるのが大量に存在します。「ゲームをやる前に、ちょっとした小説並みの設定を読まなければならない」というゲームもありますから。このゲームは設定が適当で、設定を読んでなくても問題なく遊べるというのが良いですね。

難易度:とっつきやすく奥が深い

とっつきやすい

敵が移動する軌道は一直線で加速も減速もしないから回避しやすい。アイテムを取らなければ敵は増えない。時間が来れば確実にボスと戦える。ボスもシューティングとしては非常に耐久力が低い。よってクリアするだけなら簡単。

使うボタンは一つだけで、溜め撃ちも連射も無く、操作は非常に簡単なのでシューティングをやった事がない人でも遊べる。自機にパワーアップという概念がないからRPGで言うところの経験値稼ぎに追われる事が無く、『激戦区で死亡、貧弱な装備で再開するも敵の山の前に手も足も出せずに全滅』という事も無い。

このため初心者でも気軽に楽しめるゲームですね、これ。

奥が深い

しかし、ハイスコアを目指し始めると事情が変わります。

画面の全体に配置された数字を見る必要があるから常に大きく目を動かしてなければならない。その全てが、色と大きさが同じ数字で表示されている。多分、視覚を混乱させるための演出でしょうね。

また、効率よくアイテムを回収するには画面の端から中心に向かってアイテムが飛ぶように敵を倒す必要がある。このため、戦闘は画面の端の方に偏ってしまう。しかし画面の端といえば敵の出現地点でもある。アイテムの回収効率を上げるには、即死連発というリスクを背負わなければならない。アイテムを回収していると敵の出現率が上がり、敵の出現率が上がるとアイテムの出現率も上がり・・・そうこうやっていると画面中が敵とアイテムで埋め尽くされて自爆後の復活地点を選ぶのが難しくなり・・・狙おうと思えば、いくらでもハイスコアを目指せるんですが難易度は際限なく難しくなります。

このように、遊ぶ人の技量に合わせて難易度が極端に変化する、という独特なシステムを持った作品ですね。

遊び方によってゲームの難易度が変わる、という事自体は珍しくないんですがこの作品のように「誰でもクリアできる」と「異常に難しい」が両立してる、というゲームは珍しいです。

以下は、僕の質問に対する回答という形で答えてもらった

Q.何度も遊んでみたいか

自分はゲームを一人で遊ぶ上に「ハイスコア」という概念を持たない人間なので、このゲームを繰り返し遊ぼうとは思いません。そういう人間に対する訴求力が弱い、というのがこのゲームの問題点ですね。

Q.シューティング層の開拓になるか

なると思います。『シューティング未経験の人間でも簡単に遊べる』というのは非常に良い事です。もしかしたら、雨後のタケノコのようにパクリゲーが大量に出てくるかもしれませんねw

でも、こういう作品は第1作目が最高傑作で、2作目以降は単なる拡張パックに堕ちている、と言う事が少なからずありますからそんな感じになると予想します。

Q.他のゲームを放り出して遊ぶ魅力があるか

そこまでの魅力は感じません。ハイスコア狙いのゲームという点では、他のゲームとあまり差がありませんから。ある程度ゲームをやった人間としては、沢山あるゲームの一つ、という程度にしか思えません(実は、既に飽きた)。

自分がダライアスとかR-TYPEにハマっていたのはあれらの作品を『ゲーム』としてではなく『自分で動かせるアニメ』と言う風に捉えていた部分がありますから。

結論

最近のゲームは「プレーヤーはゲームというものをやった事がある」という前提で作られているとしか思えない物ばかりなのでこの作品のような、初心者にもやさしいゲームというのは貴重です。

シューティングゲーム好きの本格的な感想を読んで、シューティングゲーム好きの方はプレーしたくなったのではないだろうか。

製品の体験版が重たくてプレーできなかった人は、Every Extendの方をプレーしてもいいかもしれない。そして気に入ったら、ぜひ製品版を購入してあげてくださいね。

RPGツクールを扱う人間が学ぶ事

僕がレビューをお願いした彼はこんなことも言っていた。「シューティングというジャンルは先細りだった。ルールが難しくなりすぎ、初心者がついていけなくなったからだ。RPGも同じ道を歩もうとしている」と。この意見には賛否両論あるだろうが、少なくとも僕は眼からうろこが落ちる部分があった。

RPG=長時間かけてやるもの』というのは我々の常識ではある。爽快感を演出するためにアクション性を強くするなどの方向に進化してきたが、反射神経のない僕は、それになにか違和感を感じ続けてきた。パズルのように沈思黙考型のもので、なおかつ単純なルールで短時間で出来るものがもっと出てきてもいいのではないか。ローグ系のゲームもそうだが「とっつきやすく、奥が深い」というのは、ゲームデザインの理想だ。

僕は『3分ゲームコンテスト』から製品化された作品が出たことをとりわけ興味深く感じる。長編でじっくり遊べるゲームも大事だが、短時間でささっと遊べるゲームを時代は求めているのかもしれない。しかも何度も繰り返し遊んでもらえるゲームとは……このコンテストの入賞作品を見て、プレーし、反響を見ていると(コメントが見られるのが親切ですね)、直感で理解できそうだ。少なくとも、制作者は創作意欲をかき立てられる。ちょっとした暇が出来て短いゲームをやりたくなった時は、ぜひ訪れてプレーしてみたい。

マザー2 生き返らせるには

はてなダイアリーリンク元が記録されるのだが、数日前から「マザー2生き返らせるには」という単語がしきりにヒットしている。何なのだろうか。

せっかくだから答えておきます。マザー2でHPがゼロになったキャラを生き返らせるには、病院で「面会」すればいいです(これはマザー1も同様)。アイテムは「いのちのつのぶえ(うらカンポーでも一定確率でOK)」PSIは「ヒーリングΩ(ヒーリングγでも一定確率でOK)」です。

以上、参考になりましたでしょうか?

フリーゲーム最萌トーナメント

主催者様からメールを戴いたので、紹介させていただきます。公式HP:http://www12.atwiki.jp/hurigemoe/pages/3.html

2ch系の企画であり、歴代のフリーゲームの女性キャラでトーナメントを開くという趣旨らしいです。この手の試みは、普段一緒に語られることのないようなフリーゲーム同士が一堂に会するという点で注目に値するため、主催者様にエールを送りつつ、見守っていきたいと思います。

ツクール系でも、ヒデさん作品をはじめ、知った名前をちらほら見かけます。拙作では「Moon Whistle」および「Another Moon Whistle」の女性キャラ達がエントリーされている模様ですが、萌えという文脈で語られることは一切意識していなかったため、非常に複雑な気分です。

Wiiという名前

先日の日記で「Wiiというのは変な名前だが任天堂もそこまで考えている」と書いたのですが、この部分の反響が大きかったので、もう少し任天堂の中の人の気持ちになって書いていきたいと思います。

僕が見つけた反響

任天堂ゲーム機の新名称「Wii」、ファンの反応は複雑
http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20104034,00.htm

僕としては「任天堂も考えた上で変な名前にしたのではないか」という意見でしめくくってほしかったが、残念ながらしめの文句は「任天堂にとってはこれからが大変なようだ」である。残念だ。やはり、もう少し違った視点の意見が見つけられなかったのだろうか。だとしたら僕が声をあげねばなるまい。

というわけで以下は、完全に主観的で憶測的な内容です。裏づけになりそうなソースや、逆に反論になりそうなソースを見つけたら、いろいろとコメントつけてもらえるとうれしいです。

クールな商品名は、すでに飽和状態である

何か新しいものを作るとき、一般的にクールとされる名前をつけたがるのは、人類共通といえる。結果的に会社名や商品名などは、どれも似たようなイメージの言葉で統一されてしまう。

「Recolution」も、まさにそれである。名前でインパクトを持たせるためには、この名前は逆にありきたりすぎだと言える。いや、実際に任天堂がレボリューション、すなわちゲーム業界に革命を起こしたいという意思は見て取れるし、その意図は十分伝えられるだろう。しかし、任天堂は今から己がやろうとしていることを、この陳腐な名前で表現することは不十分だと考えたに違いない。

それではどうするのか。そこで次の命題を考える。

すごい商品名でも、栄枯盛衰がある

僕が新製品の名前で一番夢を膨らませたのは、ドリームキャストだった。夢を意味するドリームに、ブロードキャストのキャスト。丁度インターネットが普及し始め、ブロードバンドが憧れだった時代、ネットにもゲーム業界にも夢があった時代だった。

しかし、そのハード名は普及するにつれ、インパクトは薄れていく。一方、ハードの実勢は栄枯盛衰がある。今となっては「発売当初は鳴り物入りで登場したのに……」と昔を懐かしむ声ばかりが聞かれる。僕は持っていなかったが、周囲のセガファンはみな、口々にいいハードだった、いい夢を見させてくれたと言っている。

さて。Revolution(革命)だが、果たして50年後の未来にその言葉にインパクトはあるだろうか。そもそも歴史を紐解くと、革命というのは時代が経過してから語られることが多い。現在進行形で語られることが商業の世界ではあるが、あくまで宣伝やプロモーションの手段であることが多い。革命は歴史になってしまう。革命は過去形で語られる。

任天堂が選んだのはピンポイントの時間軸で起きる革命ではなく、常に変化し続けることではないのか。変化し続ける現象に対して、一貫した名前をつけるには、どうすればいいのだろうか。

それに結論をだす前に、もうひとつ重要な命題をあげておく。

すでに良いイメージの定着している言葉は革命的な概念にふさわしくない

たとえば、ドリームキャストに話を戻そう。ドリームという言葉は、いい言葉だ。しかし、周囲を見回すと、いささか濫用されすぎて、マイナスイメージをも連想させることがある。

たとえば、宝くじ。「ドリームジャンボ宝くじ」として使われる。マイナスとまではいかずとも、夢から覚める経験を多くしている人にとって、この言葉は現実の厳しさを感じさせる。

時には、その対象自体が持つマイナスイメージを覆い隠す意味で使われる。以前野良犬や野良猫を処分する部屋を「ドリーム室」と呼んでいるのを見たことがある。それ以来、僕がドリームと言って一番最初に浮かべるのがこの光景になった。ペットを捨てる話題は話がそれるのでまたの機会にするが、要するに手垢のついたプラスイメージの言葉は、えてしてこのような場面で引き合いに出されているものなのだ。

Revolution(革命)。この言葉に込められたイメージは、道を切り開くなどプラスのものが多いように感じる。しかし、決して心地よいとは思えない、血なまぐさいイメージも、皆さんはいくつか想起するのではないか。

この点からも、「長い間親しまれる名前」としてRevolutionといった「すでに手垢のついた言葉」を避けたかったのではないか。

Wii』は任天堂が新しい意味を独占して付け加えていく新天地である

さて、ここまで話してきた命題に対して、任天堂が出した結論こそが『Wii』なのである。

Wii』という名前はどうか。我々日本人にとっては少なくとも別の似た言葉はほとんど思い浮かばない。海外の人間は「We」を思い浮かべるという。

もっとも、海外では「Wee(幼児語で小便)」を想起させるといって避けてきたという。他の企業は、その理由で会議に上がっても数秒で選考からはずしていたのではないか。一方、任天堂はそこを逆手に取ったのだ。

どの企業も使っていない名前=手垢のついていない名前

なのである。Wiiの持つ「小便」というイメージを払拭する方が、他のクールな言葉に長年ついてきた(=数々の企業がつけてきた)垢を払拭するより、はるかに容易だと任天堂は考えたのだ。

変な名前は皆がいち早く広め、マイナスイメージの払拭を早くする

トップに引用したソースでは、海外のブログの、Wiiに対する手厳しいコメントを引用している。しかし、そうやってこの名前を何度も取り上げ、時には批判し、時には面白おかしく書き、そして「任天堂Wiiを出す」ということを、全世界的に評判にすることこそが、まさに任天堂の目論見なのだ。

人は、普通に耳障りのいいニュースよりも、ゴシップ的な変なニュースを取り上げたがる。僕もその例外ではない。ブログが普及し、個人が情報を発信しやすくなると、さらにその度合いには拍車がかかる。

いつの間にか、Wiiのイメージは「小便」から「任天堂」に変わってしまっているだろう。そのためにかかる時間?情報がウェブで光の速さで地球の裏側まで届く時代だ。情報がいきわたるのは即座だ。その情報を受け取ってからその言葉に慣れるまでには、引越し先の第一印象がいやだったが実はいい人だった隣人と仲良くなるまでの時間、そう、3ヶ月もあれば十分なのではないか。

そう。Wiiのイメージが任天堂になった時点で、任天堂次の一手を出すのだろう。

『名前をつける』ということの重要さを改めて感じた

僕が書いたことは、あくまで僕の直感に基づいたものだ。しかし、3ヵ月後読み返すと、きっと僕自身でも驚いてしまうかもしれない。

しかし、僕は今回、名前だけをテーマにこれだけ語ってしまった。これだけでも、Wiiの策略に、まんまとはめられてしまっているのだろう。任天堂は本気だ。

追記 2006/05/03 01:46

遅ればせながらNintendo iNSIDEにて、以下の記事を発見した。先日の日記でthomas氏がコメントで紹介していた引用はここのことだろう。

http://www.nintendo-inside.jp/news/182/18273.html

併せて読んでいただけると、僕もあながち的外れなことは言っていないように思える。

Wii

どうも。流行には疎いさすけですが、Revolutionの正式名称がついに公開されたことは、真っ先に僕の友人が知らせてくれました。なんと、「ウィー」ですか!これはサプライズな名前だ。僕はパーマン2号を真っ先に思い出してしまったのですが。

http://slashdot.jp/articles/06/04/27/224255.shtml

Slashdot Japanの反響を見ると、この言葉は幼児語で小便の意味のweeを連想させ、アメリカでは笑いものになっているということですが、任天堂のことですから、そこまで狙っているのだと思います。

僕としては、名前云々よりも「昔のコンテンツが遊べる」という点に注目しています。ゲームが高機能化する昨今、ファミコンミニに着目し、Nintendo DS で高機能化とは逆の方向性を見つけてきた任天堂のことです。

さて。高機能化と逆の視点と言えば、携帯用アプリがあります。携帯用アプリのことは、最近携帯用ツクールに作品を提供することになるまで、全くノーチェックだったのですが、パソコンを買わず全て携帯電話でやる層が多く、大きな市場になっているようですね。

きっと任天堂が今目指しているのは、この携帯アプリのニーズに入り込んでいくことでは無いでしょうか。利用者だけではなく、開発者についてもそうでしょう。携帯用アプリは一人で開発が可能、昔のゲームが移植されている、と、Revolutionが狙ってきた方向に通じるものが感じられます。

昔8ビットや16ビットのゲーム機での開発をしていた人や法人が、今携帯アプリを開発している話は、よく聞きます。また、フリーゲーム関連から入った人で、携帯ゲームを開発している人も見かけます。(ツクール界隈で、一番注目されていて、僕も注目している人……ヒデさんなど)

ひょっとして、このあたりに、任天堂の狙いはあるのかもしれません。Revolutionは、その予想通りなら、彼らを取り込むことが出来、また、ワンアイディアでの開発が出来るため新参クリエイターも増えていくことでしょう。『ゲーム業界の活性化』に夢が膨らむばかりです。

今後に注目していくと同時に、Wiiという名前のイメージがどうなっていくのかも注目していきましょう。

MOTHER3がプレーできない

さて、ここを見に来た皆さんは、マザー3が発売されたとき、僕の事を思い出してくれた人も少なく無いと思う。それほどにマザー2は僕の人生に影響を与えたゲームである。

拙作「Moon Whistle」もMOTHER2の影響を強く受けていると感じる人は少なくなかっただろうし、事実そのとおりだと思う。

3についても、発売日に購入した。しかし最近仕事に忙殺されていてプレーできていない。周囲の人たちからは「クリアしてしまった。(もう先がないという)喪失感をおぼえる」といったプレーの感想を聞くにつけて、早くプレーしないと、という気持ちがある。

僕は数度の引越しで、持っていたゲームも本も、ことごとく古本屋に売ってしまった。しかし、何度引越しを経験しても売らなかったのが、マザー関連のものである。マザー百科もCD復刻前のものを持っている。これは一生ものの宝物だ。ゲームキューブゲームボーイプレイヤーを売らなかったのも、マザー3をやるためだ。

しかし、プレーしたいという気持ちと同時に、今プレーしていいものか?という焦りも感じている。僕がマザー2に与えた影響は大きかった。いわば、これまでの既成の僕をすべてぶち壊し、「ぼく2.0」にバージョンアップを促すような、さなぎが蝶になるような、そのような感じだった。一方、今、僕はそのような変化を求めているのだろうか?僕は既にそれを体験した後である。1999年ごろに出ていてくれたら、きっと当時の僕を救ってくれたのに、と悔しくてならない。

僕はマザー3をプレーするとき、今いる自分がまたリセットされてしまわないか、覚悟しつつプレーしようと思う。こうやって気がついたが、既に僕は歳を取って保守的になってしまったのかもしれない。いや、まだ保守的になるには早すぎる。成長を止めてしまうには早すぎるのだ。